七宝駅のある七宝町は、名鉄名古屋から約15分のベッドタウン最適地。そして、尾張七宝の産地でもあり、多くの窯元が軒を連ねています。
その昔、七宝が村であった頃、この周辺は、土地もやせていて大変貧しかったのだとか。農家の次男・三男は、自分で生計を立てるしか、道はなかったのだそうです。 そんな七宝の農家に生まれた林庄五郎は、ある日、海東郡服部村(現、名古屋市中川区富田町服部)へ行商に行ったとき、七宝焼きと出会ったのだそう。 「これを自分の故郷の産業にしたい」。 そう考えた彼は、苦労に苦労を重ねた末、この技法を受け継ぎ、七宝で発展をさせる基盤を作ったのです。
そして、人々は、この美しい七宝を村の名前と決め、林庄五郎の石碑を建立。今に至るまで、彼の名前を語り継いでいるのです。